安全に走ろう講座
監修:岡田 邦夫
(オカダ クニオ)
前大阪マラソン医事・救護専門部会委員長
マラソンで起こるケガや病気
脱水症状とハンガーノック
マラソンで最も注意しなければならないのは脱水症状です。特に暑い季節は、熱中症を引き起こす原因になるので気を付けなければなりません。運動時に脱水症状が起きやすいのは、上昇した体温を調節するために発汗することによって体内の水分が大量に失われるからです。血管内の水分が減少し、体内を循環する血液量が減少することで血圧が低下し、その結果、疲労感や立ちくらみ、失神などの症状が起きます。また、発汗で電解質(塩分)が失われることによって筋肉がけいれん(熱けいれん)を起こしやすくなります。
マラソンレース中は水分不足だけでなくエネルギー不足も心配しなければなりません。レース中にエネルギー切れが起こると、血糖値が極端に下がることによって身体が動かなくなったり、思考力がにぶくなったりする「ハンガーノック」という症状になることがあります。脱水症状は気温が15度以上になると発症しやすくなるのに対して、ハンガーノックは、体温維持に大量のエネルギーを消費する寒い時期に起きやすいのが特徴です。
寒い季節のレースでは低体温症にも注意が必要です。特にレース後半、走るペースが遅くなり運動で発生する熱量よりも外気温に奪われる熱量のほうが大きくなると、身体の深部体温が下がり、体の機能が低下します。向かい風が強いときや雨や雪でウェアが濡れてしまったときも低体温症を起こしやすくなるので要注意です。
各部の痛み
長丁場のマラソンを走っていると、様々な痛みが出てくることがあります。特に多いのは膝、足首、かかとなどの脚の痛みです。膝の痛みは主に脚の筋力不足が原因で発生します。地面に着地するとき、脚は大きな衝撃を受けますが、脚の筋肉がある程度発達していないと、その衝撃を上手に受け止めることができません。ランニングフォームの崩れも痛みを引き起こします。
患部は小さくても走りに大きな影響を及ぼすのがマメです。マメは足の皮膚とシューズとがこすれあう摩擦熱によって生じるやけどの一種です。皮膚が赤くなるのが初期段階で、症状が進めば皮膚の下に液体がたまって水泡ができ、その後水泡が破れます。マメができると、マメのできていない側の脚に重心をかけるなどフォームが乱れやすくなり、結果的に膝や足首への負担が大きくなり、思わぬ故障を引き起こすおそれがあります。
セルフレスキューについて
メディカルチェックと健康管理
健康のために始めたマラソンで生命を落とすようなことになってしまったら本末転倒です。心臓突然死は、潜在する基礎疾患を把握し、リスク要因を排除することによって予防することが可能です。万一、心臓が突然停止するような事態が起きても、CPR《胸骨圧迫(心臓マッサージ)と人工呼吸》やAED(自動体外式除細動器)など適切な救命措置を行えば、生命をとりとめることができ、日常生活が普通に送れるまで回復することは十分可能です。
中高年の場合、心疾患を引き起こす原因となるもの(冠危険因子:高血圧、糖尿病、喫煙、メタボリックシンドローム等)を持つ人が多くなるので、マラソンレースに挑戦するのであれば、持病のある人はもちろん、持病のない人も事前にメディカルチェックを受けておくと安心です。もちろん普段からの健康管理も大切です。練習は体調と相談しながら運動量を調節し、体調がすぐれないときは積極的に休みましょう。特にレース前は睡眠不足と過労にならないよう、十分な休息を心がけるべきです。大量の飲酒は脱水症状を引き起こしやすいのでレース前日は飲まないようにしましょう。
水分&エネルギー補給に留意
脱水症状を起こさずに42.195kmを完走するには相当量の水分補給が必要です。第1回大会ではフィニッシュ後に脱水症状になったランナーが多くいらっしゃいました。レース当日は、朝起きたときから意識して水分を取るようにし、レース中はもちろん、フィニッシュ後も水分補給に気を付けましょう。摂取するのは、効率よく身体に吸収される0.1~0.2%程度の塩分を含んだ水分が理想的です。水分と塩分を必要量とって脱水症状を防げば、けいれんの予防にもつながります。万一、脱水症状が起きれば、涼しい場所へ移動して、嘔吐に注意しながら冷たいスポーツドリンクなどで水分補給しましょう。脳の血流量の低下によるめまいなどの症状が出れば、脚を少し高くして横になれば下肢の血液が心臓に戻りやすくなり、下がっていた血圧が上がり、症状が改善します。しばらく休んでみても筋肉のけいれんやめまいなどの症状が改善しない場合は病院に行きましょう。
一般ランナーのマラソンは、エネルギー切れとの戦いといっても過言ではありません。マラソンレースでハンガーノックにならないようにするためには、レース前の食事の取り方に工夫が必要です。レース当日の朝食はしっかり取って、マラソンを走りきるのに必要なカロリーを摂取しましょう。メニューは、エネルギーに変わりやすいご飯や餅などの炭水化物を中心にするのがお勧めです。レース中の空腹感はハンガーノックの前兆です。エネルギー系のサプリメントをウエストポーチなどに入れて携行し、空腹を感じたらすぐ口にするといいでしょう。一方、当日の食事は、腸内で発酵するような食物(例。いも、くり、ブロッコリーなど)は避けるようにしましょう。ランニング中にいわゆる横っ腹の痛みが誘発されることがありますので。
痛みは我慢しすぎない
第1回大会では、中間点を過ぎたあたりから、筋肉痛や筋けいれん、肉離れ等の筋疲労を訴えるランナーが多くいらっしゃいました。レース中に痛みが生じた場合、我慢して走り続けると、後に響くような故障を起こす場合があるので無理は禁物です。ランニングをウォーキングに変え、歩きながらストレッチングをするなどして痛みがおさまるかどうか様子を観ましょう。どうしても痛みがとれない場合は、歩いて完走を目指すか、思い切ってレースをリタイアしましょう。
脚の痛みを予防する対策として大会までに十分なトレーニングを積んで、筋力を鍛えるのはもちろん、レース中によく行われるのは、給水ポイントで水を脚などにかける方法です。水によって過度に上昇した筋肉の温度が下がり、アイシングをしたのと同じような効果が期待できます。スタート前にスプレータイプの外用鎮痛消炎剤をふくらはぎや太ももなどに吹き付けておくというのもひとつの方法です。
マメ・けいれんの対処法
レースも終盤にかかった30㎞地点を過ぎたあたりから、足にマメができたり、けいれんを起こしたりといったトラブルが起きやすくなります。
マメはできてから治療したのでは手遅れなので、スタート前の対策が重要です。マメ予防の第一は自分の足に合ったシューズを選ぶことです。足とシューズとの摩擦を減らすためにワセリンやスプレータイプの潤滑剤を足全体にたっぷり塗ったり、マメのできやすい箇所に絆創膏やテーピング用のテープを貼ったりするのも効果的です。
脚にけいれんが起きたときは慌てずにコースを外れ、ガードレールなどにつかまってストレッチやマッサージを行います。痛みがおさまればレースに戻れますが、いきなり走り出さないで最初は歩いて様子をみましょう。
心臓マッサージとAED
AEDとは
スポーツ中に発生する突発的な心臓停止は、心室細動という不整脈を起こしているケースがほとんどです。通常、心臓は筋肉を動かして心室の収縮と拡張を繰り返すことで、血液を肺や全身に送り出します。健康な状態だと心臓は規則正しいリズムで拍動しますが、心室細動を起こすと、心臓各部の筋肉がバラバラに細かく震えるような状態になり、全身に血液を送り出すことができなくなります。この状態をそのまま放置しておくと、心臓は規則正しいリズムを取り戻すことができなくなり、心臓自身の機能をも停止することになります。
心室細動は生命に関わる不整脈のため、規則正しい心臓のリズムに戻す除細動という処置を一刻も早く行う必要があります。この除細動を行う唯一の手段が心臓への電気ショックで、そのために開発された器械がAEDです。AEDはAutomated External Defibrillatorの頭文字をとったもので、正式名称を自動体外式除細動器と言います。以前、除細動処置は医師しか許されていませんでしたが、2004年から一般の人もAEDを使っての除細動処置ができるようになりました。一般の人が除細動を実施することをPAD(Public Access Defibrillation)と言います。一般の人を対象にしたAED講習会は広く行われています。講習を受けていなくてもAEDを使用することはできますが、マラソンレースに参加するなら万一に備えてAED講習会は受けておきたいものです。
AEDの使用法
心室細動を起こして心臓が停止した場合、3分以内に電気ショックを与えて除細動を行えば4人中3人は命が助かると言われています。大事なことは、1秒でも早くAEDの処置を行うことです。AEDは電源さえ入れれば、器械が音声で使い方をガイドしてくれるので、初めての人でも簡単に操作できます。心臓が突然停止すると、人は数秒後には意識を失います。ただし、意識を失っても脳卒中やけいれん、低血糖、脳貧血などの場合は心臓が止まらないので、心臓が停止しているかどうか見極める必要があります。AEDは、心臓が停止しているかどうかの判断もしてくれます。音声メッセ―ジに従い、手のひら大のパッド(粘着シート状の電極)を胸の2ヵ所に貼り付ければ、AEDは電気ショックの必要性を正確に判断し、必要な場合は電気を流して心臓にショックを与えます。人が倒れて、AEDを準備するまでの間、CPR(胸骨圧迫と人工呼吸)を絶え間なく行うと、救命率はより一層向上するので、救命講習を受けて胸骨圧迫と人工呼吸の手法を覚えておくといいでしょう。
PUSH講習会
大阪マラソンの医事・救護協力団体である大阪ライフサポート協会の協力を得て、3つのPUSHを学ぶ講習会を開催しています。
救命率を高める胸骨圧迫とAED
ランナーが心停止してしまった際に行う胸骨圧迫(心臓マッサージ)の手順やAEDの使用方法などをご紹介します。
ランナーの安全10か条
日本体力医学会ガイドライン検討委員会と公益財団法人日本陸上競技連盟医事委員会が共同で「マラソンに取り組む市民ランナーの安全10か条」を策定しましたのでご紹介いたします。
- 普段から十分な栄養と睡眠をとりましょう。
- 喫煙習慣をやめましょう。
- メディカルチェックを毎年受けましょう。
- 生活習慣病がある方は、かかりつけ医とよく相談しましょう。
- 計画的なトレーニングをしましょう。
- 気温、湿度に適したウエアの着用と、適切な水分補給をしましょう。
- 胸部不快感、胸痛、冷や汗、フラツキなどがあれば、すぐに走るのを中断しましょう。
- 足、膝、腰などに痛みがあれば、早めに対応しましょう。
- 完走する見通しや体調に不安があれば、やめる勇気を持ちましょう。
- 心肺蘇生法を身につけましょう
それぞれの詳しい内容は下記公益財団法人日本陸上競技連盟ホームページよりご覧ください。
URL:http://www.jaaf.or.jp/medical/marathon_article10.pdf